こんな大人も悪くないって言われたい

2016年卒/小さなひまわり

太田有香

profile

おおた ゆか

1997年7月生まれ 大分県出身

中学3年の春から児童自立支援施設で生活

2013年 北星学園余市高校に入学

卒業後は東京都内の大学で少年心理学を学ぶ


★卒業生キラ星インタビュー★


「北星余市の魅力は、そこに関わる人たちの沢山の愛です。」
 気持ちを込めたまっすぐな言葉が、聴く人の心に響きました。
 突然の閉校問題報道から5か月後の2016年5月。新宿で行われたある教育関係者向けイベントで、主催するNPO団体が『北星余市アピールのために』と特別にスピーチの場を設定してくださった時の事。そこに名乗りをあげて立ってくれたのは、まだ卒業して間もない太田有香ちゃんだったのです。懸命に想いを伝えようとするそのひたむきな姿は、太陽にまっすぐ向かう成長期のひまわりのようでした。
 あれから3年。日本列島が本格的な夏の暑さに見舞われた2019年8月1日、待ち合わせた鶴川駅に来てくれた彼女は、いつの間にかちょっぴり大人っぽくなっていました。

(聞き手:PTA林田真理子)


―夏休みだね。東京の夏はどう?
「暑いですよね。でも九州出身だから、そこまでは感じないかも。」
―大学生活も丸3年になるんだね。
「はい。4年生です。」
―就活は?
「やってる人はやってると思いますけど、私はまだ。その前に、いつ卒業出来るかが問題ですから(笑)。まずは卒業を第一に考えて、その後は・・・どうしましょうかね(笑)。」
―アルバイトは何かやってるの?
「はい。児童相談所の一時保護所で。ゆくゆくは子どもが親元を離れて生活する場所で働きたいなとは思ってたんで、それを今バイトでさせてもらって、そのまま続けるのもいいかもしれないですね。」
―忙しい?
「週に多くても2~3回。入る時はいつも泊まりです。30分前には着いて着替えてお化粧を落としてから働くんです。書類に目を通しておかないといけないし、仕事が終わったらそのまま寝ちゃう。でも、楽しいです。
 私も児童自立支援施設に入る前、児童相談所に入っていたので、働くって決まった時はその頃の事を思い出しました。」


 小学生の時から、有香ちゃんは好奇心旺盛な女の子でしたが、ご両親からの制約の多い子育て方針に我慢を強いられる事が多かったのだといいます。下校途中、友だちと公園に寄り道したら、自分だけが捜索騒ぎに。友だち同士のお泊り会も禁止。学校帰りにジュースを買ってみんなで飲みながら歩くのも禁止。「過保護」「価値観の押し付け」と反発した彼女は、中学に入って学校を休みがちになり、家出や夜遊びを繰り返すようになりました。
 中学3年の春から、有香ちゃんは児童自立支援施設に入る事になったのです。


「施設は意外に居心地がよかったんです。職員さんにもよくしてもらってたし。親の目を逃れるように遊びまわってた頃とは全然違って、規則正しく生活できていた。そこから1週間だけ一時帰宅で様子をみようっていう事になって、迎えに来た親のクルマの中で『あ、息が吸えない』って。親と同じ空間にいるのが息苦しくなって身体に拒否反応が出てるのを、あそこではっきり自覚したと思います。」
―仮に地元の高校に進学することになったとしても、自宅から通うのは難しかったね。。
「それは考えられなかったですね。」
―それにしても九州から北海道の高校に入学とは、思い切った決断だね。
「施設でお世話になっていた職員さんが、北星余市の卒業生だったんです。私が『地元を離れたい』って言ってたら『こういう学校があるよ』って提案してくれて、私はもう『行きたい!』って、即決。『どうせなら生徒会に入るくらいの気持ちで行った方がいいよ』って言われて『もちろん、私やるでしょ!』って、ウキウキでした。」
―学校見学には行ったの?
「はい、お母さんが付き添ってくれて。今思うと、お母さんずっと泣きそうでしたね、何してても。それなのに私ときたら、雪景色にウキウキしたり、冬のスポーツ大会でテキパキ動き回る生徒会を見て『これを目標にするんだ』ってワクワクしたり。」

 何はともあれ、前向きな気持ちで迎えた有香ちゃんの高校生活。でも、当初は思い描いていたイメージとは少し違ったようです。

「クラスには、自分を大きく見せようととして虚勢を張る子とか、きりがないくらいはしゃぎまわったりする子がいたり、逆におとなしい子たちは無気力に見えたんです。目を合わせようとしない。そんなクラスメートたちをどこか冷めた目で見る自分がいましたね。『打ち解けられないわ』って、壁を作ってました。」
―すぐに楽しい高校生活とはならなかったんだね。
「でも、救いは寮生活にすぐ慣れた事でした。パパとママ(管理人さん)が見守ってくれているっていう安心感が大きかった。ママがめちゃくちゃくせのある人。帰ってきた時の「ただいま」とか、歩き方とか気配で「あんた元気ないね」って言われたり、逆にうまくいったと思える日は「何かいいことあったね」とか、何でもバレちゃう(笑)。」
―学校での友だちとの関係は、どう変化していったんだろう?
「1年生の間は、あまり大きな変化はなかったかな。 それでも、一歩引いて周りを観察していたら、本当にいろんな子がいるんだなって。私もそうだけど、九州や本州や、いろんな所から来ていて、やっぱり不安だったんだろうなって感じました。だから、もっとみんなで安心できる場所にしたいって、少しずつ思い始めてましたね。それが自分の行動に表れてきたのは2年生になってからでした。例えば、先生が一生懸命授業してるのに、それを聴こうとしないでおしゃべりしてる人たちがいる。悪意がないとしても、他の子を傷つけるような事を口走る子がいる。それまでは『自分が言ってもどうせ変わらないよ』って、気持ちも引いてたんですけど、やっぱり言おう、はっきり言おうって。」

 俄然、積極的に周りに働きかけるようになった有香ちゃんでしたが、それに対する反応はおもわしいものではありませんでした。「優等生ぶってる」と陰口され、「先生の手下か」と批判され、かばってあげたつもりの子に『ありがた迷惑』と面倒くさがられた事もあったといいます。
 つらい気持ちを抱えたまま、考え込んでしまう有香ちゃんでした。


「悩んでいた時、担任の先生が寮の部屋に来て話をしてくれたんです。『うまくいってへんのやろ?』って聞かれて『自分の想いがうまく伝えられない』って打ち明けたら、『あんたは自分がいい子ちゃんをやろうと思ってる訳やない。みんなに伝えたいのはこういう事やろ?』って、言葉にしてくれたんです。『そうか、こう言えばいいんだ』って目が開かれました。すごいと思いませんか?。私より私の事をわかってくれてるなんて。
 自分もこんなふうに相手の気持ちをわかってあげて、自分の気持ちも伝えられるようになりたいって思いました。」


 さらに有香ちゃんを励ましてくれたのは、彼女が立候補した生徒会選挙での出来事でした。
 いつも有香ちゃんに注意される側の子が応援演説を買って出てくれたのです。そして、「太田有香さんが、いつもみんなにうるさいくらいお節介をやくのは、この学校を一人一人にとって居心地のいい場所にみんなでしていきたいっていう、あったかい気持ちがあるからなんです。」と、その想いを代弁してくれたのです。


「嬉しかったですね。その子が演説してくれた原稿の紙を、私今でも大切に持っているんです。」
―宝物だね。
「本当はわかってくれている人たちがいるって気づかせてもらえたり、『一生懸命がんばってるんだよね』『協力するよ』って言ってくれる子がいたり。もっと周りに頼っていいんだって楽になりましたね。
 もちろん、生徒会に入った後もうるさがられたり、ぶつかったりした事はありましたよ。でも、それも面白いなって思えるようになったんです。」

―ぶつかり合いながら、わかり合おうとする事もあるんだよね。


お母さんとお父さんの気持ちを体感していた


「3年生になってから、ようやくホームシックになれたんですよ。実家が恋しいっていう気持ちが沸いてきた。」
―なぜ、そうなれたんだろう?
「なんでだろう?。不思議ですよね(笑)。
 ひとつ思い当たるのは、お母さんとお父さんの気持ちを学校生活の中で体感していたのかなっていう事。想いを込めて投げかけた言葉が相手に届かないって感じてしんどかった頃、親も同じ気持ちだったのかなって思い出してました。私の事を心配して言ってくれた言葉や、しこたま世話をやいてくれた事が私に届かなくて、ずっと苦しかったんだろうなって、私よりもっともっと悲しかったんだろうなってわかってきて『お母さんごめんね』『お父さんごめんね』って思ったんです。」

―その「ごめんね」を、直接伝えた事はあったの?
「それは・・・なかったですね。接する態度の変化は気づいてくれていたかもしれないですけど。お互い他人以上に気を使い過ぎてぎこちなかったし、親子っぽい会話が出来るようになるのにも時間がかかってたし。
 でも、一度だけ『お母さんのご飯、食べたいな』は言った気がします。」

―それ、すごく嬉しいと思うよ。

 過ぎてみればあっという間だった、かけがえのない3年間。卒業式には、大分からご両親や施設の先生が駆けつけて祝福してくれました。
 お母さんは、有香ちゃんを施設に預けると決めた時も、北海道行きを承諾した時も「子どもを捨ててしまったのではないか」と胸を痛めたといいます。ご両親にとっても、そんな心の葛藤から卒業する幸せな時間だったのではないでしょうか。


―大学生活はどう?。友だちとの関係で悩みとか。
「あまりないですね。北星余市で本当にいろんな人と関わったから大抵の事には驚かない(笑)。不安になったり、自信をなくしそうになる事もありますけど、北星で先生とか寮のママとかが『あんた大丈夫だよ』って言ってくれたのを思い出して、気持ちを切り替えたり開き直ったり出来てます(笑)。北星余市で、生きるのが楽になりました。人の気持ちを考えながら、どんな言葉をかけてあげたらいいだろうとか、自分はどうしてもらったのが嬉しかったかなとか、考えるのが楽しくなりました。いろんな大人に助けてもらったから、私もあの頃の自分と同じような境遇の子を助けてあげられるような大人になりたいなっていう想いはありますね。『こんな大人も悪くないよね』って言われたいです(笑)。」
―近況で他に何かある?
「8月末にオランダに行くんですよ。海外に行ってレポート書いたら単位がもらえる履修なんです。本来は芸術学科の授業なんで、私一人だけ心理学科で、30人と美術館とか(笑)。」
―いいねぇ。楽しんで来てね。
「楽しみです。」

 有香ちゃんの好奇心旺盛なところは、相変わらずみたい。それだけに、これからどんな道を進むのか、まだまだ予想が出来ないなぁ。
 でも、彼女ならきっと、自分らしくいられる場所を見つけて生きていける。そんな気がします。


             ★
 インタビューから4年が経過した2023年の夏。東京で開催された北星余市のイベントで、思いがけず有香ちゃんと嬉しい再会をする事が出来ました。聞けば社会人3年目で、現在は大学の就職支援を行う部署に勤めているのだとか。
「来年には留学を目指していて、その準備を少しずつ進めているんですよ。はじめはフィリピンへ3ヶ月ほど語学留学、その後は別の国へ行ってワーホリ、という目標です。」
 瞳を輝かせながら、新たな挑戦へと向かう有香ちゃん。小さなひまわりは、まだまだ成長を続けているようです。
 



最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
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